- 服部神社

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- 機織の神の天羽槌雄神(あめのはづちのおのかみ)を祀るとされています。927年の書物によるとその時代には大変立派だった社殿も、1552年越前の朝倉義景の戦火にあって社殿を消失しました。 江戸末期には廃絶されていましたが、明治8年、現在の場所に服部神社を再興さ…
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- 薬王院温泉寺

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- 今を去ること約1300年前、聖武天皇の御代、行基菩薩が、白山登錫の途上霊鳥の指授により、温泉を発見しました。寺宝には平安時代初期に彫像された十一面観世音菩薩像や鎌倉時代に彫像された不動明王像などを所有し、境内背後の高台には中興の祖とされる明覚上人の供養…
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- 愛染寺

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- 愛染寺は色々な特徴を持つお寺です。先ずは片山津温泉守護寺であることです。そして護摩堂に縁結びの仏「愛染明王」をまつる縁結びのお寺でもあります。日本初、はめ込み式の絵馬「一心絵馬」は縁結びの絵馬で、特許庁の実用新案登録を受けています。 また、永代…
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- 那谷寺(なたでら)

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- 那谷寺は717年泰澄神融禅師により開創。白山の神を信仰し、洞窟の中に千手観音をまつっています。 洞窟は母親の胎内とみて古い時代より、「胎内くぐり」の聖地です。 新たに生まれ変わり、罪が浄められると信じられました。平安時代花山法皇により岩屋寺より那谷寺と…
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- 国指定史跡 九谷焼窯跡展示館

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- 江戸時代前期に作られた”古九谷”のような色絵磁器を復活させようと、大聖寺の豪商豊田伝右衛門が江戸時代後期に築いた吉田屋窯の跡(国指定史跡)を、発掘された状態のまま公開しています。 施設内には他に、昭和15年に作られた九谷焼としては現存最…
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- 栢野大杉

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- 温泉街から南へ約2kmの菅原神社の境内にある樹齢2300年と言い伝えられている御神木で、国の天然記念物にも指定されています。幹の周囲は11m、高さ54mの堂々たる巨木で、樹の下から見上げると、天高く視界いっぱいに青々とした枝が広がっています。昭和22年10月27…
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- こおろぎ橋

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- かつては行路が極めて危なかったので「行路危」の称を生じたといい、また一説には秋の夜に鳴くこおろぎにも由来するともいわれています。風雅な総ひのき造りの橋で、四季を通じて、山中温泉の代表的な景勝地で、浴客が必ず訪れるポイントとなっています。
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- 白山比咩神社

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- 石川、福井、岐阜の3県にわたり高くそびえる白山は、日本三名山の一つに数えられ、古くから霊山信仰の聖地として仰がれてきました。その白山を神体山とする白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)。御祭神・白山比咩大神(しらやまひめのおおかみ)は、またの名を菊理…
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- 実性院

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- 通称「萩の寺」として親しまれている加賀曹洞宗の寺院です。大聖寺初代藩主前田利治公の戒名『実性院殿機雲宗用大居士』に因んで実性院と称し、大聖寺藩歴代藩主(初代~14代)のお墓とお位牌は重要文化財級であります。 ※萩の見ごろ時期は例年9月初旬~※2024年…
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- 大本山 永平寺

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- 鎌倉時代、道元禅師によって坐禅修行の道場として創建されました。曹洞宗の大本山として僧侶の育成と檀信徒の信仰の源となっています。 雲水たちが日々修行に励んでいます。
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- 全昌寺

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- 熊谷山全昌寺は、大聖寺城主山口玄蕃頭宗永公の菩提寺で五百羅漢は、金沢藩及び大聖寺藩の奥女中、武士、町人等の寄進により、慶応3年(1867)に完成したものです。 京都の仏工山本茂祐の作で、釈迦三尊、四天王、十大弟子、五百羅漢の総計517体の仏像が完全に具…
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- 無限庵

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- 加賀藩家老であった横山家が金沢市の邸内に建てた書院を移築したものです。明治末期の木造技術の枠を傾けた最高級の普請であったと伝えられています。成巽閣(重文・金沢)に見られる武家邸宅書院の伝統を継承する近代の書院造として貴重な遺構で、また数々の古美術品…
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- 北前船の里資料館

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- 北前船とは、江戸時代後半から明治時代にかけて日本海を舞台に活躍した買い積み船で、大阪と北海道を往復し多大の財と文化をもたらしました。 資料館の建物は、明治10年に建てられた北前船主の邸で市の指定文化財になっています。 屋敷内の柱や梁には立派な…
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- 安宅の関跡

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- 源頼朝の追手を逃れ、奥州に落ちのびる途上の義経一行が、弁慶の機転と関守富樫氏の温情で無事通ることができたという「勧進帳」の名舞台。これをテーマにした「『安宅の関』こまつ勧進帳の里」が併設されています。難関突破のお守りがある安宅住吉神社では、歌川国芳…
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- 山中温泉 芭蕉の館

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- 明治中期の宿屋古建築が特徴で、お茶を飲みながら美しい庭園が楽しめます。 また、松尾芭蕉の資料や山中漆器の作品等も展示されています。
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- 加賀神明宮

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- 加賀神明宮は昭和34年の改称以前は山下神社と称し、江戸時代には神明宮と称していました。旧縣社で祭神は天照大神です。現拝殿は1824年再建の棟札があり、南の山上には白山宮が鎮座しています。「天保由緒書」には神明宮、白山宮は往古より大聖寺惣鎮守で神明宮はもと…
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- 医王寺

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- 「忘れしゃんすな 山中道を 東ゃ松山 西ゃ薬師」と山中節に唄われるように温泉街を見下す高台に建つ真言宗の古刹です。 山中温泉を開湯した行基の創建と伝えられ、温泉の守護寺として親しまれています。 展示室には、山中温泉縁起絵巻や芭蕉の忘れ杖も収…
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- 尼御前岬

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- 国定公園加賀海岸のちょうど真中あたりにあり、茶色や黄白色の岩石の肌がそのまま露出しており、単調な海岸線とは違った風景が楽しめます。この尼御前にはいくつかの伝説があります。そのひとつに、義経一行が都落ちの際にこの海岸を通った時、足手まといになることを…
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- 狐山古墳

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- 二子塚町北方の水田の中にあり、5世紀後半に築かれました。全長は約56メートルで、加賀市内では唯一、平野部にある前方後円墳です。 昭和7年国指定史跡に指定されました。昭和7年、動橋川改修工事のための土取りの中に、後円部から凝灰岩製箱式石棺が発見され、上田三…
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- 白川郷

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- 白川郷(しらかわごう)は、岐阜県内の庄川流域の呼称で、合掌造りの集落として知られています。今も実生活の場として使われているところに価値があり、独特の景観をなす集落は農村文化・生活・暮らしを深く感じることができる日本の原風景のような場所です。五箇山(…
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